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高松高等裁判所 昭和29年(ネ)457号 判決

控訴人(原告) 熨斗谷幸雄

被控訴人(被告) 徳島県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和二十九年三月九日控訴人を徳島市東新町一丁目カフエー、ライトの遊興飲食税特別徴収義務者として指定した処分(徳県税第一〇三号)はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

徳島市東新町一丁目二十二番地所在カフヱー「ライト」について、訴外吉本淳一が遊興飲食税特別徴収義務者として登録されていたものであるところ、被控訴人(但し当時の徳島県知事は阿部邦一)は昭和二十九年三月九日徳島県税条例第三十八条の規定により右「ライト」の遊興飲食税特別徴収義務者として更に控訴人を指定したことは、本件当事者間に争がない。

控訴人は、右カフエー「ライト」は名実共に前記吉本淳一の経営に係るものであり、控訴人は右カフヱー業の営業名義人でないのは勿論、実質上の経営者でもなければ共同事業者でもなく、遊興飲食税徴収の便宜を有する者にも該当しないから、被控訴人が控訴人を特別徴収義務者に追加指定した前記処分は違法であると主張するにつき以下審按する。右カフヱー「ライト」の営業名義人が訴外吉本淳一であることは当事者間に争ないところであるけれども、右吉本淳一は控訴人の妻柳子の弟に当ること、右「ライト」の什器備品は控訴人の所有に属すること、右「ライト」の建物は前記指定処分当時控訴人の妻柳子の所有に属していたこと、右「ライト」の営業上の収支に関する帳簿の記帳、経営上の企画、遊興飲食税の賦課徴収に関する県徴税吏員との折衝交渉等は専ら控訴人がこれに当つていること並に控訴人は他に定職を有していないことも当事者間に争がなく、成立に争のない乙第四号証、公文書であるから真正に成立したものと認める乙第七号証、原審証人湯浅六平、原審並に当審証人佐々木博司の各証言、原審証人吉本淳一、同熨斗谷柳子の各証言の一部(後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、前記吉本淳一(昭和二年二月十一日生)は戦時中徴用を受けていたが終戦後裸一貫で帰還し、控訴人方を頼つて来たので、控訴人夫婦が同人を扶養するに至つたこと、右淳一は未だ独身の青年であつて控訴人方家屋の裏座敷に起居し、控訴人方家族と食事を共にしていること、右淳一は事業経営についての経験を有していないこと、前記カフヱー営業における現金の出納、女給の指揮監督、女給が客より受けるサービス料の分配等はすべて控訴人の妻柳子がこれに当つていること(右「ライト」においては柳子が「マダム」と呼ばれ、控訴人が「マスター」と呼ばれている)、前記淳一は営業上の帳簿には全然タツチせず、女給の雇入、飲食物の仕入及び掛金の集金等の仕事の一部を受持つているに過ぎないこと並に右営業より生じた収入は直接控訴人方家族(吉本淳一も含めて)の家計に廻し、控訴人及びその家族は主としてカフヱー「ライト」の収益によつてその生計を維持していることを夫々肯認することができる。叙上認定の事実に前示当事者間に争のない事実を綜合して判断すれば、訴外吉本淳一はカフヱー「ライト」の単に名義上の経営者に過ぎず、その実質上の経営者は控訴人であると断定するに十分である。原審並に当審証人熨斗谷柳子、原審証人吉本淳一の各証言中吉本淳一は控訴人夫婦より「ライト」の家屋及び什器を借り受けてカフヱー営業を営んで居り、右「ライト」の経営者は名実共に吉本淳一であつて、控訴人は右淳一の営業に協力し、同人より生計費の一部の支給を受けているに過ぎないとの趣旨の供述部分は、前掲各証拠と対比して到底措信し難く、その他控訴人の提出援用に係る全証拠を以てしても未だ前記認定を覆えすことができない。(成立に争のない甲第四号証の一、同第十六号証の一、二によれば、前記吉本淳一が右「ライト」につき徳島県知事より食品衛生法第二十一条の規定による飲食店営業の許可を受けている事実を、成立に争のない甲第十七号証によれば、徳島市公安委員会が吉本淳一に対し風俗営業カフヱーを許可している事実を、官署作成部分の成立に争がなく、その他の部分も当裁判所が真正に成立したものと認める甲第二十号証の一、二によれば、右吉本淳一は控訴人の家族と世帯を異にして主要食糧の配給を受けている事実を、また成立に争のない甲第二十三及び第二十四号証によれば、本件指定処分後である昭和二十九年六月一日吉本淳一が訴外若林利明より「ライト」の建物を賃料一ケ月四千円で賃借する旨の契約を結んでいる事実を夫々認めることができるけれども、右各事実は何等さきの認定を左右するに足りない)。

仍て右「ライト」の遊興飲食税につき被控訴人が控訴人をその特別徴収義務者に指定した処分が違法であるか否かにつき考察するに、地方税法第百十九条第一項は、「遊興飲食税を特別徴収によつて徴収しようとする場合においては、料理店の経営者その他徴収の便宜を有する者を当該道府県の条例によつて特別徴収義務者として指定し、これに徴収させなければならない」旨規定し(徳島県税条例第三十八条は、経営者及び知事の指定するものを特別徴収義務者とする旨定めている)、遊興飲食税の特別徴収については、当該営業の営業名義人でなくても実質上の経営者と目されるものその他徴収の便宜を有する者を特別徴収義務者として指定することができるものであるところ、前記カフヱー「ライト」については、控訴人が実質上の経営者と見られること前認定の通りであるのみならず、さきに認定したカフヱー「ライト」の経営の実態に照せば、控訴人は地方税法第百十九条第一項にいわゆる「徴収の便宜を有する者」に該当するものと認められるから(同条項にいう「料理店の経営者」とは徴収の便宜を有するものの一例示と解するのが相当である)、被控訴人が前記の如く右「ライト」につき控訴人を遊興飲食税特別徴収義務者に指定したのは蓋し適法であると謂わなければならない。

控訴人は尚、経営者以外の者が特別徴収義務者として指定された場合その指定を受諾するや否やは被指定者の自由意思によつて決せられるものであり、指定者の一方的意思表示により徴収義務者としての義務が発生するものではないと主張するけれども、被控訴人のなした本件特別徴収義務者の指定は一つの行政処分であつて法律上単独行為であり、被指定者の承諾によつてその効力を生ずるものとは解せられないから、控訴人の右主張は理由がない。

然らば本件遊興飲食税特別徴収義務者指定処分の取消を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、右と同趣旨の下に本訴請求を失当として排斥した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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